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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)7925号 判決

原告 竹田重太郎

原告 竹田君子

右原告ら訴訟代理人弁護士 上原豊

同 佐藤皓一

被告 丸井自動車株式会社

右代表者代表取締役 今井福松

被告 高橋正

右被告ら訴訟代理人弁護士 小原美直

主文

一  被告らは各自、原告竹田重太郎に対し金五五二万七、〇一二円、原告竹田君子に対し五三四万七、〇一二円およびこれらに対する昭和四六年一〇月一二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決第一項は、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告らは各自、原告竹田重太郎に対し金七八〇万円、原告竹田君子に対し六〇〇万円およびこれらに対する昭和四六年一〇月一二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二  被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

(一)  日  時 昭和四六年九月二一日午後四時頃、

(二)  場  所 東京都荒川区南千住八の五〇の四先路上

(三)  加害車  普通乗用自動車(足立五五あ一九六号)

右運転者 被告 高橋

(四)  被害車  原動機付自転車(台東区あ二九―一五号)

右運転者 訴外亡竹田和成(以下単に和成という。)

(五)  態  様 右折中の加害車と被害車が衝突した。

(六)  結  果 和成は右下腿部骨折等の傷害を受け、その際の破傷風菌の感染により昭和四六年一〇月一一日死亡した。

二  責任原因

(一)  被告丸井自動車株式会社(以下単に被告会社という。)は加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法三条に基き本件事故によって受けた後記原告らの損害を賠償する責任がある。

(二)  被告高橋は、前記道路を右折するに際し、前方および左右の安全を確認して事故の発生を未然に防止する義務があるのに漫然と進行した過失によって本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基き本件事故によって受けた後記原告らの損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  葬儀費用(原告重太郎負担)   三〇万円

(二)  和成の逸失利益 二、〇一二万四、四八三円

和成は事故当時二一年であったから、本件事故にあわなければ六七才まで四六年間稼働できたはずであるところ、労働省発表の賃金構造基本統計調査報告によれば、全産業男子労働者の平均収入は、昭和四六年度においては月収七万六、九〇〇円、昭和四七年度の年収は一三四万六、六〇〇円、昭和四八年度の年収は一六二万四、二〇〇円であり、昭和四九年度の年収は昭和四八年度の年収の一、三倍二一一万一、四六〇円とみるのが相当であるから、右平均年収を基礎とし、生活費として収入の五〇パーセントを控除し、将来分四三年間についてはライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して和成の逸失利益の現価を計算すると二、〇一二万四、四八三円となる。

そして、原告らは和成の両親として右和成の逸失利益請求権を法定相続分に応じ二分の一宛相続した。

(三)  原告らの慰藉料       各三〇〇万円

和成は原告らの唯一の男子であり、同人は原告らが病弱なため一家の支柱となっていたものであるから、本件事故によって和成を失ったことによる原告らの精神的苦痛を慰藉するためには原告らに対し各三〇〇万円をもって相当とする。

(四)  弁護士費用           五〇万円

原告らは本件訴訟の提起と追行を原告訴訟代理人に委任し、手数料および報酬として五〇万円の支払を約した。

四  損害の填補

原告らは自賠責保険から五〇〇万円を受領したので、原告らの前記損害に二五〇万円宛充当した。

五  結論

よって、被告ら各自に対し、原告重太郎は前記三の損害額合計一、三六一万二、二四一円から四の填補額二五〇万円を控除した残額一、一一一万二、二四一円の内金七八〇万円、原告君子は前記三の損害額合計一、三三一万二、二四一円から四の填補額二五〇万円を控除した残額一、〇八一万二、二四一円の内金六〇〇万円、および右各金員に対する和成の死亡の日の翌日である昭和四六年一〇月一二日から各支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告の認否および抗弁

一  認否

(一)  請求原因第一項(一)ないし(五)は認める。同(六)のうち、和成の受傷内容および同人が主張の日に破傷風で死亡したことは認めるが、受傷の際破傷風菌に感染したことは不知。

和成の死亡と本件事故との因果関係は争う。

(二)  請求原因第二項(一)は認めるが、同(二)は否認する。

(三)  請求原因第三項はいずれも不知。

(四)  請求原因第四項は認める。

二  抗弁

本件事故現場は変形五差路の交差点で、被告高橋が事故車を運転して右交差点を右折しようとしたところ、和成が雨のため下を向いて前方注視を怠ったまま被害車を運転走行していたため加害車に衝突したものであり、本件事故発生については和成にも右のような重大な過失があるから、損害賠償額の算定に当っては右過失を斟酌するべきである。

第四被告の抗弁に対する原告の認否

争う。

第五証拠≪省略≫

理由

一  請求原因一の(一)ないし(五)および(六)のうち本件事故により和成が下腿部骨折の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、先ず被告らの責任原因について判断する。

(一)  請求原因二の(一)は当事者間に争いがないから、被告会社は自賠法三条に基き本件事故によって原告らが受けた後記損害を賠償する責任がある。

(二)  ≪証拠省略≫を総合すると、

1  本件事故現場は汐入消防署方面、南千住八丁目商店街方面、荒川第三中学校方面、隅田川護岸方面、都バス汐入終点方面等からの六本の道路が交差するアスファルト舗装の広場のようになった変形交差点内であって、附近の状況は概略別紙見取図のとおりである、そして附近道路の最高速度は四〇キロメートルに規制されており、南千住八丁目商店街方面から進行してくる車輛に対しては南千住八―四一―九先に、荒川第三中学校方面から進行してくる車輛に対しては南千住八―四二―一先にそれぞれ一時停止の標識が設置されており、また、事故当時は小雨が降っており路面は湿潤していた。

2  被告高橋は事故車を運転し汐入消防署方面から東進してきて本件交差点に差しかかり、本件交差点で右折するため交差点手前の横断歩道附近で徐行して左右の安全を確認した後、加速しながら右折し時速二、三〇キロメートルの速度で交差点に進入して間もなく、自車の前方三、四メートルの地点を自車の進路に向って進行してくる被害車を発見しあわてて急ブレーキをかけたが間に合わず、別紙見取図×点附近で自車左前部を被害車右側面に衝突させ、被害車もろとも和成をはねとばした。

3  和成は雨衣を着用して被害車を運転し、隅田川護岸方面から第五瑞光小学校北側の道路を西進してきて本件交差点を右折しようとして本件事故に遭遇したものである。

4  事故後、前記衝突地点附近には双方の車輛のものと認められるようなスリップ痕はなかったが、前記衝突地点の南方約三・六メートルの地点の路面に被害車の油がにじんでおり、衝突地点の南方六メートルの地点の路面には血痕が付着していた。以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によると、本件事故発生については、和成にも雨が顔に当るのを避けるため下を向く等して前方注視を怠った過失があったものと推認されるが、被告高橋も本件交差点は六本の道路が交差する変形交差点であるから、単に前方および左右道路の安全を確認するだけでなく右斜め前方の隅田川護岸方面の道路から進行してくる車輛との安全をも確認したうえ右折を開始すべきであるのにこれを怠ったために被害車の発見が遅れた過失があったものと認められるから、同被告は民法七〇九条に基き本件事故によって原告らが受けた後記損害を賠償する責任がある。

三  ところで、和成が昭和四六年一〇月一一日破傷風で死亡したことは当事者間に争いがなく、原告らは右は和成が本件事故による受傷の際に破傷風菌に感染した結果であって同人の死亡は本件事故に起因するものであると主張し、被告らはこれを争うので判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、

(一)  和成は、本件事故後直ちに高橋外科医院に入院したが、同医院における初診時には右下腿に著明な変形があって骨折(非解放性)が認められたほか右足背に擦過傷があった。そして、エックス線撮影の結果でも右下腿の脛骨と腓骨の上三分の一と下三分の一の部分に各一ヶ所合計四ヶ所の骨折が認められたので、副木をあて抗生剤、止血剤、鎮痛剤等を施用したうえ昭和四六年九月三〇日まで九日間経過を観察し、同年一〇月一日骨折部の観血的整復手術を行い、手術後下腿部をギブスで固定した。その後、同月五日までは特に変った点は見受けられなかったが、同月六日朝になって和成は顎がはづれた、右肩が張ると訴え、次第に開口障害が著明となり、背部筋肉の緊張、頸部強直、なき笑いの顔貌が認められ(意識は明瞭であった。)、破傷風の発病が疑われたので、同医院では東京大学医科学研究所海老沢講師の診察を依頼し、同講師の指示で抗血清四万八、〇〇〇単位の点滴注射と抗けいれん剤の注射を行ったが、同日午後九時頃第一回の全身性けいれん発作があって後弓反張を呈し、その後ほとんど休む間もなく全身性けいれんが続き、翌七日は抗けいれん剤を注射してもけいれん発作がおさえられなくなったので、海老沢講師の指示で同日一一時頃都立墨東病院に転院させた。同病院入院時既に和成は意識がなく、けいれん発作が頻発し呼吸困難著明であったので、同病院では直ちに気管切開をして筋弛緩剤の投与、人工呼吸器の使用等による呼吸管理、ギブスの除去、手術創の開放等の処置を行ったが、意識は回復せず、入院時三七・八度であった体温は同日午後二時には四一・八度に達した。その後一〇月八日夕方頃からけいれんは抑えられるようになったものの、尿量の減少が著明となり、一〇月九日には尿毒症の所見が見られたので、東京女子医大人工透折センターの応援を求めて同日および一〇月一〇日の二回にわたって血液の人工透折を行ったが、症状は改善せず同日午後一〇時六分遂に死亡した。なお、和成の手術創から採取した膿汁を嫌気性培養したところ、定形的な破傷風菌の形態を示し胞子をもった菌が純培養のように多数認められた。

(二)  破傷風は、嫌気性菌である破傷風菌が外傷の傷口から体内に侵入して繁殖した場合に発病し、破傷風菌が出す毒素によって症状が発生するものであるが、破傷風菌は嫌気性菌であるため傷口が組織の壊死等により酸素の供給を断たれた状態になっている場合にのみその傷口に菌が定着して繁殖し、通常体内を菌が移動することはない(もっとも、破傷風患者の傷口から破傷風菌の分離を試みても必ずしも成功するとは限らず、成功例は三分の一位といわれている。)。破傷風は感染後数日から最長六ヶ月におよぶ潜伏期間をおいて初期症状である開口障害があらわれ、次いで頸部強直、全身性のけいれん、後弓反張がみられ、末期には発熱するが通常意識は明瞭である。破傷風の治療方法としては、まず早期に大量(五万単位程度)の抗血清を注射することが必要であり、そのほか抗けいれん剤の投与によるけいれん緩解療法、呼吸管理、創傷部の外科的処置等があるが、治療は極めて困難で適切な治療がなされても死亡率は五〇パーセント程度に達するといわれている。破傷風の重症度は、潜伏期間および初期症状があらわれてから全身性のけいれんが発現するまでの時間(オンセットタイム)に比例し、潜伏期間およびオンセットタイムが短いほど重症で、オンセットタイムが同じ場合には潜伏期間が短いほど重症であるとされており、オンセットタイムが二日以内の場合潜伏期間が二日ないし六日のグループでは死亡率は八九パーセントと高率であるが、潜伏期間が一五日以上になると二五パーセントに低下するという統計結果もあり、和成の場合はオンセットタイムは半日程度と短く、頻発する強いけいれん、初期症状発現の翌日には既に末期症状である高熱を発する等症状は極めて重篤であって、一〇月七日午後二時頃の時点で既に救命の可能性はなく、前記のように初期に適量の抗血清を注射し、その後呼吸管理、人工血液透折等望み得るすべての治療を行ったが、その効果がなかったものである。

以上の事実が認められ、右事実によると和成は高橋医院における手術に破傷風に感染したものと推認され、右感染のため破傷風に罹患して死亡したものと認められる。

しかしながら、不法行為によって傷病を受けた者が医師の治療を必要とすることはいうまでもないことであり、この場合の治療行為は被害者の損害の拡大の阻止(病状の除去)を目的として行われるものであるが、医療行為は身体に対する侵襲行為たる性質をも有するものであるから、治療行為の種類によって程度の差はあるにしても本来的に危険を包蔵しているものであるということは否定することができず、したがって、治療の過程においてこのような危険が現実化して損害が拡大した場合には、それが医師の重大な過失に起因する等加害者に責任を負担させるのを不相当とするような特段の事情のない限り、右結果についても加害者に責任がおよぶものと解するのが相当であるところ、前掲各証拠によると、一般に破傷風菌は土中に多いとされているが、土中以外にも広く分布しており、手術時の消毒といっても手術室全体を完全な無菌状態にすることは不可能で、通常は害がない程度に減菌がなされるに過ぎないから、標準的な減菌、消毒がなされていても、まれではあるが破傷風菌の感染の可能性は残存し、実際に日本で発生した破傷風四七六例のうちで四二例が手術その他の医療行為に関係して発生しているという調査結果もあり、その中には大学病院その他の大病院における手術時に感染した例もあって、患者が破傷風の予防接種を受けていない限り完全な予防は不可能である(現在は小児期にジフテリア、破傷風、百日咳の三種混合ワクチンの接種が行われており、このような予防接種を受けて破傷風の基礎免疫を有している場合は、受傷あるいは手術等破傷風に感染するおそれのあるときに追加免疫の接種をすればほぼ完全に破傷風の発病は予防できるが、成人には破傷風の予防接種を受けている者は少く、破傷風の予防接種によって免疫ができるまでには二回の予防接種と五、六週間の期間を要するので、緊急を要する手術の場合は事前予防接種をしてから手術をすることは不可能である。)ことが認められ、また、被告らに和成の死亡の結果についての責任を負担させるのを不相当とするような医師の重大な過失の存在を認め得る証拠もない。

よって、かりに和成の死亡に医師の何らかの過失が競合していたとしても、それはせいぜい「異時的共同不法行為」となるにすぎないものとみるべきであり、和成の死亡は本件事故による受傷に起因するものとして、これについても被告らの責任を認めるのが相当である。

四  そこで、原告らの損害額について判断する。

(一)  葬儀費用            三〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告重太郎は和成の父として同人の葬儀を営み、その費用として三〇万円を下らない支払をしたものと認められる。

(二)  和成の逸失利益 一、七三二万三、三七四円

≪証拠省略≫によれば、和成は事故当時二一才の健康な独身男子で、中学校卒業以来遠縁に当る草履加工業者のもとで草履の鼻緒加工職人として稼働していたことが認められる。

右事実によれば、和成は本件事故にあわなければ平均余命の範囲内で六七才まで稼働可能であり、その間新中卒者の平均賃金程度の収入を得ることができたはずであると推認され、右推認を妨げるような証拠は存しない。そして労働省発表の賃金構造基本統計調査報告によれば、小卒および中卒の男子労働者の平均年収(全産業・企業規模計)は昭和四六年度一一〇万四、七〇〇円、昭和四七年度一二六万三、九〇〇円、昭和四八年度一五三万〇、三〇〇円、昭和四九年度一八九万三、七〇〇円であり、昭和五〇年度における賃金上昇率が控え目にみても五パーセントを下らないことは公知の事実であるから、右数値を基礎に生活費として収入の五〇パーセントを控除し、既往の分についてはホフマン式計算法により、将来の分についてはライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して和成の逸失利益の本件事故当時の現価を計算すると別紙計算書のとおり一、七三二万三、三七四円となる。

(三)  権利の承継

≪証拠省略≫によれば、原告らは和成の父および母であり、和成には他に相続人はいないことが認められるので、原告らは前記和成の逸失利益請求権を二分の一宛相続したものと認められる。

(四)  慰藉料           各四〇〇万円

≪証拠省略≫によると和成は原告らの唯一の男子であったことが認められ、右事実に本件に顕れた諸般の事情を考えあわせると原告らに対する慰藉料は各四〇〇万円とするのが相当であると認められる。

(五)  過失相殺

前記二で認定したとおり本件事故発生については和成にも前方注視を怠った過失があり、前認定の本件事故現場の状況、和成の交差点進入後衝突地点までの進行状況等を考えると右過失の程度は大きいといわざるを得ず、これを斟酌すると前記原告らの損害額合計から四割を減じた額をもって賠償を求め得る額とするのが相当である。

(六)  損害の填補

原告らが自賠責保険から五〇〇万円を受領し、二五〇万円宛各自の損害額に充当したことは当事者間に争いがない。

(七)  弁護士費用          各二五万円

本件事案の性質、審理の経過、認容額に照らすと原告らが被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は原告らそれぞれに対し各二五万円と認めるのが相当である。

五  そうすると、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し原告重太郎において五五二万七、〇一二円およびこれに対する和成死亡の日の翌日である昭和四六年一〇月一二日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告君子において五三四万七、〇一二円および前同日から前同割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

〈以下省略〉

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